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C. labiata f.rubra‘Schuller’FCC/RHS

「黄金風景」 太宰治

太宰が少年の頃、冷たくあたっていたおけいという女中と再会する話。
何をしてものろまなおけいに耐えきれぬ嫌悪感を抱き数々の意地悪や仕打ちをした太宰だったが、きちんとした身なりで夫と子供を連れ挨拶にやってきたおけいを見て負けたと思う。
太宰はこれから用事があると言ってあいさつもそこそこに一人出かけてしまう。
しばらくして家に戻ってくると、浜辺でおけいの家族が海に石を投げて遊んでいる。
それが「黄金風景」。
おけいは夫に太宰のことを「目下の者にとても優しくしておやりになっていた」と話している。
太宰はそれを見て心から涙を流した。

ほかの人の感じ方や考えていることは、なかなかわからないものです。
私もよく悪い方に思い込みをしていろいろと心配をすることが多いです。
あとで当人に聞いてみると、なんだそんなことだったのか、やれやれ気を揉むことはなかったのにとホッとすることがしばしばあります。

「あなたのことは誰もそんなに見てないし気にしていないよ」とよく言いますよね。
多くの場合、それは確かでしょう。
「黄金風景」では、太宰が冷たくあたったと思っていた女中は気にしていないというよりむしろ太宰を好ましく思っていたようです。
人の心の温かさとは不思議なものですね。
初対面から相手のことを信頼しきってしまうのは危険もあるかもしれませんが、人と接する際には心の底に少しばかりの信頼を持っていたほうがうまくいきそうです。

イギリスの歌手des'ree(デズリー)の曲「human」の歌詞(和訳)にこんな言葉があります。
「憎しみに溢れた世の中に暮らしていると
愛がすべてを克服するわけじゃない
まわりをごらんなさいよ 苦しみはたくさんあるはず
必要なのが わずかな信頼だけってときだってあるのよ」

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C. labiata f.rubra‘Schuller’FCC/RHS 花径11×12cm 2012/9/30撮影
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Phal. violacea

「ドビュッシー展」

昨日銀座にあるブリジストン美術館のドビュッシー展に行ってきました。
安藤広重の東海道五十三次や葛飾北斎の富嶽三十六景が展示してあるのに驚きました。
ドビュッシーが自分で書いた楽譜の表紙に富嶽三十六景のイラストが描いてありました。
オルセー美術館から来たマネの絵の中の壁にも浮世絵が飾られていました。
ゴッホの浮世絵を真似た絵はとても有名ですが、日本の芸術作品は大きく世界に影響を与えてきたのですね。
少し誇らしい気持ちになりました。


明日は台風が来る前にベランダのバラたちを取り込まなければなりません。

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Phal. violacea 花径4×3.5cm 白石洋蘭園にて 2012/9/16撮影

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空 2012/9/29撮影

Blc. Toshie Aoki‘Pokai’CR/HOS

今日、姉から大きな梨がたくさん届きました。
みずみずしくてとても美味しいですね。
ありがたいです。

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Blc. Toshie Aoki‘Pokai’CR/HOS 白石洋蘭園にて 2012/9/23撮影

C. aurea

「ピクチャースタイル」

キヤノンの最近の一眼レフデジタルカメラにはピクチャースタイルという写真の色合いを調整できる機能があります。
カメラの設定だけで色合いは変えられるのですが、DPPというPC上のソフトでもJPGではなくRAWで撮影したデータは撮影後の調整が自由にできます。

ここ5日間、ベルビア50というポジフィルムの色調を再現するピクチャースタイルを使った写真を掲載しています。
特徴としてはきわめて濃厚・鮮鋭な色彩で特に緑が強調されます。
空はより青く、葉が濃緑になり、いわゆる記憶に残る色を重視したイメージカラーとなります。
これに対して被写体の色の忠実さを重視するのがリアルカラーです。

<各種ピクチャースタイルのまとめサイト>
http://non-kuri.blogspot.jp/2009/11/blog-post_26.html
<キヤノンのピクチャースタイルの使い方のサイト>
http://cweb.canon.jp/camera/picturestyle/

少し前までカトレアの花の撮影はほとんど真正面から標準的な設定の色合いでリアルカラーを目指して撮っていました。
どんな花が咲いたかの記録性を重視していたからです。
ところが最近は気分次第で自然と斜めから撮ったり、多少光線を工夫したりしています。(でもほとんどが時間をかけない手抜き撮影です。)
ブログへの写真の掲載を続けてきて、人に見られることをより意識するようになりました。

当初はこのブログが花のカタログのようになるといいと思っていましたが、最近は見てくれる方が、あ、きれい、と思ってくれたほうがなお良いかもと思い始めました。
最近見たテレビの紀行番組に出演していた写真家が、実際の景色よりも色合いをかなり派手で濃厚にして、すなわちイメージカラーにしていて、しかもそれが目を楽しませるのを感じて、私の意識は少し変わりました。
イメージカラーでもいいんじゃないの?、というより、イメージカラーってキレイ。
まず色彩をイメージカラーにした写真を自分が好きであることが第一なのですが、好きになってきました。(一方モノクロームの写真にも馴染んできています。)
もちろん記録の目的ではしっかりリアルカラーで撮り続けなければなりません。
でもそれを除けば、イメージカラーでキレイなのもいい、飽きないほどキレイならいい。

最近アラーキーの必ずしもファッショナブルではないけれどラブリーでアーティスティックな写真に惹かれていましたが、よくある鮮やかな写真もだんだん素敵に見えてきました。
被写体をよりキレイに見せてあげようというサービス精神や、見る人の目を楽しませるためのサービス精神が潜んでいるものは(理屈ではないですが)やっぱりいいです。
もちろん感覚を磨いていけば、そういうサービス精神を超えて、自らの感性のままに撮ったものが自然と多くの人の感性に響くようになるので、そこが極みではありましょう。

実は私はフィルムのベルビア50を使ったことはありません。
貸し温室にたまに来られるセミプロのカメラマンの方はベルビア50を使ってらっしゃいます。
Rnd. Pixie Valley‘Peach Star’を私のキヤノンのデジカメで標準的な色合いで撮った写真と、セミプロの方のフィルムのベルビア50の写真を色合いの比較のため載せてみます。(ただ光線など各種条件は違います。)
デジタルの奥深さ、フィルムの奥深さ、ああまたあれこれ遊んでしまいそうで怖いくらいですが、せっかくあるものは使ってやろうくらいで気楽にやっていこうと思います。

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C. aurea 白石洋蘭園にて 2012/9/23撮影

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Rnd. Pixie Valley‘Peach Star’ EOS5D2 ピクチャースタイル:スタンダード

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Rnd. Pixie Valley‘Peach Star’ ベルビア50(フィルム)で撮影、プリントしたものをスキャン

C. labiata fma.coerulea‘Extra’

「灯籠」 太宰治

貧しい下駄屋の一人娘が恋に落ち、その恋人のために水着を万引きしてしまい、以降地域の誰からも白い目で見られるようになりますが、それでも両親を大事にしながら誇りを持ってけなげに生きようとする話です。
愛人に子供を産ませ愛人と共に入水自殺したように、道徳に背き退廃的であったとも言われる太宰治が家庭を大事にしていたかは表面的には疑問に思えるのですが、残された小説は実に味わいがあります。

毎年の太宰の命日が桜桃忌と呼ばれるほど有名な「桜桃」という妻や子供のことを書いた作品では、窮屈な家を抜け出して行った馴染みの酒屋で桜桃(さくらんぼ)が出てきて、それを子供に持ち帰ってやれば子供はさぞ喜ぶだろうにと思いつつも、子供より親が大事とうそぶき、まずそうに自分が食べ続けるという、どうにもこれはという終わり方をします。

関連して思い至ったので続けて書きますと、正直私はこのブログで毎日ああだこうだとたとえ駄文であれ書いていると自分の道徳観念の危うさにしばしばぶち当たり、よく言うよあんた(私)がと思うことしきりです。(毎日の単調な生活の中で特に道徳に反したことをしているわけではありませんが。)
大阪の橋本市長が例の件で「私は聖人君子ではないから」と弁明したそうですが、聖人君子という言葉は便利で「聖人君子でなければ文章を書いてはいけないという法はないわけで、だから誰が何を書いてもいいんだ」などと開き直れたりします。
私が最も尊敬する大学時代の先輩でさえ酒を飲みながら「将来商社に勤めていて賄賂を差し出されたら受け取るね」と言ったくらいですから、実際はこの先輩の人柄は明らかにずば抜けていてまた相当の実績も残されていますし賄賂は受け取らないと思うのですが、まあ冗談で言ったにせよそんなこともあります。
でも人の良くない例を出して開き直るのは卑しいことで後味が悪いものです。

結局のところ、それだけの人間であればそれだけのものしか書けないしそれだけのものとして読まれるだけじゃないかとやっと落ち着きました。
徳がなければ徳がないものしか書けないのだから、徳があろうがなかろうが自信を持って書けばいいのです。
私のはなんのこっちゃという話でしたが「灯籠」は胸に響きます。

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C. labiata fma.coerulea‘Extra’ 白石洋蘭園にて 2012/9/23撮影

C. labiata

「美しい恋って何ですか?」

「美しい恋って何ですか?」というタイトルの友人のブログが目に留まりました。
本文には、「神社の立て看板に『美しい恋したい』と書いてあって、『美しい恋なんて有り得ないよねえ。映画でも見てろよ』と言って笑った。」とありました。

「美しい恋」と聞いて、まず思い浮かぶのは、思いやりのあった恋。
次に、そうしたやりとりが少なかったとしても胸がときめいた恋。
私の場合、これらは時が経てば美しく思い出されますから美しい恋と言っても良さそうです。

でも、より恋らしい美味があるのはときめいた恋でしょう。
思いやりは心がけにもよると思いますが、ときめきには法則はなく突然やってきます。
理性や理屈ではありません。
体験こそがすべて。
だからもうこの話はやめましょう。

男は昔の恋を引きずりやすいですからあえて理想を言っておこうと思います。
時を経て美しい恋より、今そこにあるかもしれない恋。

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C. labiata 白石洋蘭園にて 2012/9/23撮影

C. World Vacation‘Nagoya Sunset’SM/JOGA

社内報の編集をしていたことがあります。
今日その懐かしいメンバーと飲んで今帰りの電車で思い出したのは、あの頃自分で頑張ってこれならいいだろうと思って提出したニュース原稿が、上司に原型をとどめないほど真っ赤に修正を入れられて戻ってきたことです。
一方、その社内報が雑誌「BRUTUS」の雑誌特集で小さく紹介されたときに「編集後記が秀逸」とほめられて大変うれしかったこともあります。

新しく開発した区画の公園に蛍が見られるとのことで何度も蛍の撮影をして全く良い写真が撮れなかったことも、関係のある家具メーカーのショールームで女性営業社員をフィルムで数十枚も撮ったら1枚だけ奇跡的に良い写真があって女性のはにかむ表情がいかに素敵かを知ったこともあります。

でも原点は、自分の書いたものが真っ赤にされて、それが理屈が通っていて、何ら反論できなかったことであり、つまりはダメなところからのスタートなんですね。

今も長い文章を書くとダメダメです。
誰かに校正してもらったら真っ赤でしょう。
でももう誰かにじゃなくて自分でダメだと思ったら書き直さないといけないですね。
文章力、構成力、発想力、どれも足りなくて道のりの長さを思うとうんざりします。
始めることと続けること、うーん酔った頭に重くのしかかります。

電車の乗り換えのために階段を上りながら思ったのは、私は甘いということ。
苦悩の100万歩手前にいます。
駅のホームから見えるスカイツリーは霞んでいます。

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C. World Vacation‘Nagoya Sunset’SM/JOGA 花径11×11cm 2012/9/23撮影
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