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蘭好きについて

蘭愛好家についての手厳しい文章が龍膽寺雄という小説家の1974年のエッセイの中にありました。
非常に興味深い文章ですので、長くなりますが原文のまま抜粋します。(日本の名随筆14「園芸」より)

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いったい、草花好きには悪人はいない、という定説があって草花好きは世間でトクをしている。
たしかに世の草花好きというのは、「自然」の愛好者で、自然と人間との平和な調和を愛し自然の法則に順応して、素直で、おとなしく、静かで、その美と秩序を愛する気持が、一段と強い。心優しく、謙虚で無欲、人と貪婪(どんらん)に争うことに背を向け、運命にもあまり反抗しない。そのかわり、幾らか消極的で、利害に無関心で、どこか超然として、ひとり楽しむ、という風情があるが、冷淡であるわけじゃない。同じ花好き仲間とは、わりない仲になって、楽しみを共にすることを避けない。時折お天狗さまがいないことはないが、無邪気な天狗で、あまり褒められると、かえってテレて、赤くなって、天狗の座から自分で降りる気になるぐらいだ。
要するに、草花好きというのは、自分も植物的な性格で、自分が愛する草花に似ているのだ。

もっともオモト好きや盆栽好きや観音竹好きや蘭好きなどには、ちょっとそれとは肌合いがちがうのがいて、どちらかというと、鑑賞ばかりでなく、ソロバンはじきに専念したり、孤高な優越感や自己所有欲を価値観で充たすことで、満足したりしているような場合が、往々少なくない。ここではしばしば、市場での植物の値段が問題になるのだ。(むろん、例外もないことはないが)
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後ろの段落が、どこか心臓のあたりをえぐられるようでじくじくします。
古い時代から、人の性向というのは一定の法則があるのでしょうか。
もちろん書いてあるとおり例外も多いですし、蘭好きは蘭好き同士お互いを分かり合ったうえで、立派な楽しいコミュニケーションを図っている場合も多々あると思いますけれど。
でも私は開き直るのはちょっと嫌いなので、前半の草花好きのようであるべく心を洗いたいです。

IMG_0123回転3
伊豆・河津の夕日 2007/2/19撮影

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No title

日ごろ感じていることを、はっきりと文字として見てみるのも良いなと感じます。古くても新鮮な感じです。
エッセイは、作者のめがねで見た景色、感じ方が文章になりますね。自分とは違っていても、この方はこう感じるのだなぁと。(例外を認めている、心の広さも嬉しいですね)ご紹介してくださって、ありがとうございます。
前半の生き方は好きです。元もと、こんな人でありたいと感じている姿です。
でも、意外とそんな人ばかりでは、つまらなかったり、発展のない世の中になるかも。
後半の、、、、からの、いっちゃんのメッセージにも拍手。
ぴったりの一枚の夕日にも、とても癒されます。

スマイラックスさん

いつもなるほどと思う視点でコメントをいただいてありがとうございます。
確かに心優しい植物的な人ばかりでは、発展させるための推進力が足りなかったりする気がしますね。
蘭展の表彰やメダル審査も、なるほど発展につながっています。
まあ勝ち気よりは活気があって、健全に発展するのが良いと思います。

私の蘭栽培の始まりは幼児期に実家にあった花や雑誌「趣味の園芸」の写真の花を見ていいな、と思ったところからです。
初心忘るべからずと言います。
難しいことはいいので、自分にとっての本当の心地よさを大事にしたいです。
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