スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

C. World Vacation‘Bali Sunset’

「新しい男」

このブログを見ていただいている方に、太宰治の「パンドラの匣」という小説を読まれた方はほとんどいないと思うので多少気が引けるのですが、この話の主人公にとても興味を持ったので書いてみます。
この男は、終戦の玉音放送を聞いてなにやら晴れやかな心持ちになったという「新しい男」として、描かれています。

プレッシャーのかかる大きなイベントや試験を終えたときに、ふぅーと目の前が開けてこれから自分は何でもできるんだ、という心持ちになったことはないでしょうか。
ストレスがさーっと霧散して、心が軽くなり、身体までもがマッサージを受けた後のようにふんわりしたことはないでしょうか。
「新しい男」は、ある種の悟りを得たかのような飄逸さであり、すなわち世俗のわずらわしさを気にしないでのびのびしている様子です。
ただ「新しい男」が超越した人格を持っているかというとそうではなく、いらいらしたり後悔したりもします。

では、「新しい男」と普通の人は何が違うのでしょうか。
なぜ太宰治は「新しい男」という言葉を使ったのでしょうか。
分からないなりに言ってしまいますが、「新しい男」は自分を俯瞰していると思うのです。
「新しい男」は自分の心の動きを追いかけていると思うのです。

人はいつしか年を重ねて、思慮深くなり、そして死が近づいたときに、あらゆる拘泥が去り、自分の心がありのままに見えてくることがあるのではないか、そんなふうに思ったのです。
そうした心境になったとき、人は意外にもどこを向いてよいかわからなくなるときがあるのではないか、と想像します。
荒野に突っ立ったときどうしたらよいか、この小説は「新しい男」によって、そして付け加えなければなりませんがほかに登場する詩人や「新しい男」が恋をしてしまう女性によって、そこに道筋を示していると感じました。


写真は、バリサンセットを上がフィルムカメラで、下がデジカメで撮影したものです。
レンズは同じ70-200mmF4の200mmです。
デジカメの写真の色が実物の花の色に近いですから、フィルムのほうが赤みが強く写ってしまったようです。
なんだかもうあんまり比較の意味がないですね。
フィルムのほうが、好ましい立体感を感じますし、写真として綺麗だと思いますが、フィルムは当然現像代がいちいちかかってしまいますから、フィルムをやるならもう新しいデジカメを探すのはやめるとか、デジカメ1本でいくとか、どこかのタイミングで決めようと思います。
ところで下の写真のペタルを見ると紫の筋状の模様が見えますが、もしかしたらウイルスに感染しているのかもしれません。

FH000012-3_20120410214210.jpg
C. World Vacation‘Bali Sunset’ 花径8.5×8.5cm 2012/3/25撮影(EOS kiss、REALA100)

IMG_3843-4.jpg
C. World Vacation‘Bali Sunset’ 花径8.5×8.5cm 2012/3/25撮影(EOS 5D2)

コメントの投稿

非公開コメント

calendar
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
最新記事
monthly
リンク
ブログ内検索
いっちゃん宛メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

アクセスカウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。