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C. trianaei fma.alba‘Aranka Germaske’

「繰り返される形」

ここのところ近代の日本人作家の本をいくつも読んでいて感じるのは、最近の小説にどんなことが書いてあってもどんな展開であっても、めったなことでは驚いてはいけないということ。
古くはギリシャ神話、聖書などで、物語というのは語り尽くされているのかもしれない。
シェークスピアの名作もある。
太宰治の小説だってギリシャ神話や聖書、チェーホフなどから着想を得たものがある。

これはつまらぬ例だが、以前、このブログにも書いた太宰治「トカトントン」で登場人物に「人生、それはわからん。しかし、世の中は、色と慾さ。」と言わせているのも、ほぼ同時期(正確には1年前)に発表された山本周五郎の「柳橋物語」にも「きれいな顔をして、乙に済ましたようなことを云ったって、人間ひと皮剥けばみんなけだものさ、色と欲のほかになんにもありゃしない」とあったりする。(当然両作品とも人間の動物的側面を登場人物に言わせているだけである。)
この「色と欲」だって、昔の神話やらシェークスピアやらにきっと同じことが書いてあるだろう。

もう一つの例だが、宮本輝「青が散る」には「テニスいうのはなァ、凄いスタミナとテクニックと、そのうえ精神力のいるハードなスポーツやぞォ。いっぺんやってみたら判るよ」というのがある。
これは、古来から言われるスポーツの心技体そのままである。

みんな、ある普遍的な何かをそれぞれの言葉で書き紡いできているのだ。
何が書いてあっても驚くことはない。
ただ、とはいえ、良いものは古今を問わず良いわけで普遍的な輝きを持っており、その表現法、芸術性など、その人ならでは、その作品ならではの新しさをたっぷりと味わえばよいのである。
その新しさからは唯一、驚きが生まれるだろう。


写真は藤沢さいか屋洋らん展の展示花です。

DSC00617-3.jpg
C. trianaei fma.alba‘Aranka Germaske’ 藤沢さいか屋洋らん展展示花 2012/1/7撮影

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