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Lc. C. G. Roebling‘Beechiview’AM/AOS

「理屈と感情」

理屈は大事ですが、ときにむなしいことがあります。

仕事では、そりゃ限られたお金をどう使うかと言うと、理屈が通るほうに投資をすべきということになるでしょうから理屈が重要なのに違いありません。
さて人間関係において、どれだけ理屈が重要でしょうか。

例えば人と進路相談をするならば(そんなことはめったにありませんが)、大局に立った方向性の助言や一方で具体的な進路比較などにおいて、理屈は力を発揮しそうです。
ほかにも、囲碁や将棋で切磋琢磨するのも、スポーツにおいて協力して相手を倒すのも、もしくは相手にして戦うにおいても、理屈や理論は重要なポイントとなり得ます。
家庭でのテレビのチャンネル権の争いでさえ、理屈がものを言うことがあるでしょう。
でもこれらの理屈は感情に訴える理屈でしょうか。

人間関係において理屈と合わせてよく話にのぼるのが感情でしょう。
男性は理屈で考え、女性は感情で考えるなどと聞いたことがあります。(これは後天的な理由が大きそうであまり当たっていないと思いますが)
どんなに理屈を言っても、フィーリングというものを合わせることはできないです。
ただの理屈では、安らぐとか好ましいとか好きとか会いたいとか寄り添いたいという気持ちに訴えることはできません。
相手の感情が動くのは、それは例えば笑顔の挨拶といったやはり感情を基にした働きかけに相手の感情も動くということでしょう。
感情のこもらない薄っぺらな理屈では、相手は動かないはずです。
やはり人間関係を作る根っこには感情があると思います。

冒頭の「理屈はときにむなしい」というのは漠然としたものですが私の経験です。
今思いました。
理屈を言って相手が動かないのがむなしいと考えるのは間違いであって、自分の組み立てた理屈そのものが感情のこもらないむなしいものであったと考えるべきだと。

とここで終わりのようで終われないです。
結局この理屈と感情の話も理屈から入ってしまいました。
「そんな理屈じゃだめ、心がこもってないと」というようなことは多くの人がぱっと言えることではないでしょうか。
直感的に理屈で人の心は動かせない、心が心を動かすということは明らかでしょう。

最初の仕事での理屈の重要性にしても、そもそもの会社の心である理念が根底にあっての理屈、進路相談でも思いやりあっての理屈、将棋やスポーツでは勝つという信念あっての理屈であり、心や感情があるから響くのです。
(チャンネル権はどうでもよいしよくわかりませんが、ときたま思いやりで譲るなどということもあるかもしれません。)

さっきからこの話全体の理屈を整えようと何度も文章を直しているのですが、もうこの話題が話題だけに、それに私にはもう無理なので、いさぎよく止めようと思います。
だいぶ遠回りしましたが、下記にします。
感情や心について…「心が心を動かす。」
理屈と心について…「理屈にも心を。心のない理屈はむなしい理屈。むなしい理屈で人の心は動かせない。」
ああ、でもイマイチ、犬も寝てるし私も寝ます。

最後まで読んで下さった方にお礼と小さくお詫び申し上げます。

IMG_4776-3.jpg
Lc. C. G. Roebling‘Beechiview’AM/AOS 白石洋蘭園にて 2012/8/19撮影

IMG_4803-3.jpg
昼寝する犬 白石洋蘭園にて 2012/8/19撮影

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