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C. labiata fma.coerulea‘Extra’

「灯籠」 太宰治

貧しい下駄屋の一人娘が恋に落ち、その恋人のために水着を万引きしてしまい、以降地域の誰からも白い目で見られるようになりますが、それでも両親を大事にしながら誇りを持ってけなげに生きようとする話です。
愛人に子供を産ませ愛人と共に入水自殺したように、道徳に背き退廃的であったとも言われる太宰治が家庭を大事にしていたかは表面的には疑問に思えるのですが、残された小説は実に味わいがあります。

毎年の太宰の命日が桜桃忌と呼ばれるほど有名な「桜桃」という妻や子供のことを書いた作品では、窮屈な家を抜け出して行った馴染みの酒屋で桜桃(さくらんぼ)が出てきて、それを子供に持ち帰ってやれば子供はさぞ喜ぶだろうにと思いつつも、子供より親が大事とうそぶき、まずそうに自分が食べ続けるという、どうにもこれはという終わり方をします。

関連して思い至ったので続けて書きますと、正直私はこのブログで毎日ああだこうだとたとえ駄文であれ書いていると自分の道徳観念の危うさにしばしばぶち当たり、よく言うよあんた(私)がと思うことしきりです。(毎日の単調な生活の中で特に道徳に反したことをしているわけではありませんが。)
大阪の橋本市長が例の件で「私は聖人君子ではないから」と弁明したそうですが、聖人君子という言葉は便利で「聖人君子でなければ文章を書いてはいけないという法はないわけで、だから誰が何を書いてもいいんだ」などと開き直れたりします。
私が最も尊敬する大学時代の先輩でさえ酒を飲みながら「将来商社に勤めていて賄賂を差し出されたら受け取るね」と言ったくらいですから、実際はこの先輩の人柄は明らかにずば抜けていてまた相当の実績も残されていますし賄賂は受け取らないと思うのですが、まあ冗談で言ったにせよそんなこともあります。
でも人の良くない例を出して開き直るのは卑しいことで後味が悪いものです。

結局のところ、それだけの人間であればそれだけのものしか書けないしそれだけのものとして読まれるだけじゃないかとやっと落ち着きました。
徳がなければ徳がないものしか書けないのだから、徳があろうがなかろうが自信を持って書けばいいのです。
私のはなんのこっちゃという話でしたが「灯籠」は胸に響きます。

IMG_5087-3.jpg
C. labiata fma.coerulea‘Extra’ 白石洋蘭園にて 2012/9/23撮影

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