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バラ

「チャンス」 太宰治

太宰治の「チャンス」という随筆に恋愛のことが書いてあります。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/244_20157.html
久々に読んで、やられたと思いました。
先日私は以下のような記事を書きました。
http://photorchid.blog102.fc2.com/blog-entry-425.html
太宰は恋愛は神聖だと言う人に「口が腐りますよ」と言っていますが、「恋愛は心でするもの」なんて書いた私は「手が腐りますよ」と言われるでしょう。

確かに時代は違うかもしれません。
1946年頃に太宰が引いた辞書には「恋愛」とは「性的衝動に基づく男女間の愛情。すなわち、愛する異性と一体になろうとする特殊な性的愛。」と書いてあるようで、現代の広辞苑には「男女が互いに相手を恋い慕うこと。また、その感情。こい。」と書いてあり、日本国語大辞典にも「特定の異性に特別の愛情を感じて恋い慕うこと。また、その状態。こい。愛恋。」とあります。
以前は、恋愛は性的衝動に基づくと辞書にまで書いてあったのですね。

人は、特に知識人は、恥ずかしいことをするために、また我欲を満たすためにあれこれ理由をつけて隠蔽します。(私もそういうところがあり、意識しなければなりません)
恋愛だけでなく、侵略戦争でも怪しい宗教でもそうです。
権勢欲、名誉欲、金銭欲、性欲を満たすため、うまいこと大義名分をでっち上げ、またあるときはオブラートに包み、実行に移します。
踊らされて命までも犠牲にする人々のことを思うと胸が痛みますが、ここは恋愛に戻ります。

色と欲について、太宰治は「トカトントン」で登場人物に「人生、それはわからん。しかし、世の中は、色と慾さ」と言わせていたり、ほぼ同時期に山本周五郎は「柳橋物語」で「きれいな顔をして、乙に済ましたようなことを云ったって、人間ひと皮剥けばみんなけだものさ、色と欲のほかになんにもありゃしない」と言わせていたりします。
だけど、これら一部を取り上げれば「人間ひと皮剥けば色と欲」でしょうが、太宰治ならキリストの愛、山本周五郎も人間愛を全体としてはうたい上げているのは間違いありません。
やっぱり愛がなければ人間も動物も植物ですら進化は著しく遅くなると私だって思うのです。

結局、恋愛ってなんでしょう。
時代の流れのなかで、きれいなものになっているのでしょうか。
皮一枚の浅薄な根拠や口実、ひと皮剥いた中にある色と欲、そして全てを包み込む愛情。
なんとなく三層に分かれたので、今日はこれでいいでしょう。
一度書いた自分の言葉は撤回せず、また何か考えてみようと思います。
言葉はほとんど役に立たないとしても。

IMG_5192-3.jpg
バラ 2012/10/6撮影

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