スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

川村記念美術館

1カ月ほど前に佐倉市の川村記念美術館に行きました。
モネやセザンヌなど印象派の絵も少しあって満足しました。
ピカソの絵は過去にいいなと思ったことはなかったのですが、ここにあった絵は初めてはっとしました。

ここのところまた、仕事もプライベートもイマイチ感があるので、本を読もうと思います。
それといろいろな美術展で買ってきた画集を見ようと思います。
イマイチな状態になるのは自分に原因があることが多いです。
本を読んで気持ちの流れが好転した経験があるので。
こう気づくまでにしばらくありましたが……まあ良かったです。

でも思い出しました。
そもそもこの美術館の帰り際、なぜかショップに陳列されていた夏目漱石の「草枕」を買ったところあたりから方向がおかしくなっていったのではないかと。
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」
という冒頭の文章に惹かれ買ってはみたものの、まったく読めない。
通勤電車で本を開いてもまったく頭に入ってこず数ページしか続かない。
結局40ページほどで断念したままになっていました。
そして消化不良のままそれっきりまともに活字に触れていませんでした。
背伸びせず易しい本を読もうと思います。

DSC00364-2.jpg
ひまわり(川村記念美術館) 2011/8/7撮影

コメントの投稿

非公開コメント

無責任な言い方

、、、に、聞こえるかも知れませんが、イマイチでも良いじゃん、
イマイチな感じを味わって、ある意味楽しんでみては。

デジタルな時代ですが、人の色々な感覚ってオンオフとか1か0かではなく、数直線みたいに右端と左端の間で、この辺かなって、ボリュウムつまみを加減しているようなものだと思っています。(そうですアナログ人間な私)。今はこの目盛り辺かななんて感じてみたりして。

一人っ子だったせいか、自分ではそうは思いませんが、自分は特別だって感覚があったのかもしれません。高校生までは感情の浮き沈みが少なく、落ち着いていて、安定感のある(若々しくない)、もともとの性格なのかもしれませんが、同級生とちょっと違う感覚を持っていたみたいです。
他人をうらやんだりせず人は人、というわり切りが早かったりしましたが、なにかのことで自分の素直な感覚がわかった時がありました。そのときは初めて、ああ、うらやましいなぁと心から感じました。そして学生のときにも、なにか考え込んでいて登校せずにいたら、同級生が尋ねてきてくれたり。回り道と、アハ体験など、いろいろと重ねてきましたが。。。。

回り道のすべては、自分にとって大切であり、必要なことなんだって思っています。
だったら、大切に味わったほうが楽しくて幸せかなって。

そして、今は、ささやかな幸せを見つけることができる
しなやかな心をなくさないでいたいな、って思っています。
(年を重ねるごとに、難しくなってきますが)

有名な本や人の名言など、インパクトをくれるものはたくさんありますが、
自分だけにとって、とても大切なものは、
無名だったり。それに、気づかないままだったり、、、。

百人千人が良いよと言ったって、
自分に合わないものは、愛読でなく、積読(つんどく)をおすすめします。

また、長くなってしまいました。
このブログの文や写真、とてもチャーミングで、よく幸せ感をもらってますよ。
(きっとご自分じゃ気づいてないんでしょうね)笑。

 


おはようございます!

おはようございます。
大分朝夕は、涼しくなってきました。
綺麗な「夏」の象徴のひまわりです。
燦々と浴びる陽に向かって逞しく伸びる姿を想像してしまいます。
まぶしいですね。

私も絵は好きですが、最近はすっかり出不精になってしまい、
絵画展に足を運んでいません・・・が、日本画の大観が好きで、
以前芸大美術館で海山十題展を見に行った時のことが
今でも忘れられません。画集も持っていますが、私の宝物です。

「草枕」読んだことありません・・・読んでみようかしら??

背伸びしないでマイペース、それが一番だと思います。
私は、仕事のことは、うちではなるべく考えないようにして、
気持ちを蘭のみ??(笑)にしています。これが一番の
ストレス解消法になっているようです♪

スライマックスさん

ありがとうございます!
確かに人の感覚というのはアナログなボリュームつまみの加減のようなものですね。
今はこの目盛りあたりかなということが分かるようになりたいものです。

ところでずっと鬱屈としているけど幸運と人が呼ぶことがたくさんある人生と、ずっと楽しい気持ちだけど不幸と言われるできごとが多い人生であれば、後者のほうがいいかな。
でも現実には鬱屈としたり楽しい気持ちになったりが繰り返されるからこそ、それぞれから何かを学んだりするということかもしれません。
これが回り道の必要性なのでしょうか。

ただ自分がこうありたいと目標を持っているならば、そこに向かっていかないとやっぱり自分に負けなんですよね。
分かってはいて、でもできない。
簡単だけど、でもできない。
気楽にいこうといいつつも流される自分が見えて歯がゆくて。
高校生の頃、よく自分を律して勉強に励んでいたと思い返すことがあります。
言い訳をするより小さくても一歩を踏み込む、これが結論となります。
ただ、仕事をしているんだからという言い訳だけは、自分で許しています。

スライマックスさんの安定感のある前向きなお考えには、やる気をもらうことが多いです。
無名なものや身の回りの自然からささやかな幸せに気づいていく、これもそうありたいですね。

今日はNHKドラマ「胡桃の部屋」を見損ねていたので向田邦子氏の原作本を購入してきました。
本が良かったらドラマもビデオオンデマンドで視聴しようと思います。
昨日本を読もうと決意し、ブログを書いて、コメントをいただき、本も買ってそれで今日はもう元気になるという少し前の移り変わりの激しい天気のようです。

翠香さん

こんばんは。
横山大観の絵はあまり想像がつきませんでしたので、グーグルで画像を一覧表示してみました。
富士山の絵が代表的なのでしょうか。
明治の方なのに富士山を空から見たような絵が印象に残りました。
富士山の絵を見て自然に「ふー」と息が出ましたので、一瞬山に登った気になったのかもしれません。
山に登ると息をついたり、深呼吸したりしますから。
横山大観のお話、ありがとうございます。

「草枕」は文章が私には読みづらかったです。
「坊っちゃん」や「三四郎」はとても楽しく読んだのですけれど。

蘭に熱中とのこと、確かに温室にしばらくいて外に出ると、気持ちが軽くなっていることは多いですね。

人間の身の丈ってどのくらいなのでしょうね。
人のことはおせっかいなくらい考えるし、自分のことも多少は振り返っていたつもりでしたが、自分の身の丈をしっかり見つめたことってあまりないかもしれません。
やっぱり自分には甘くて見つめれば見つめるほど丈が見えてくるのが怖いのかな。
そろそろそういうことをしっかり見つめなければいけない年かな。
(遅すぎかもですが、それはいいとしまして)
何をするにしても年齢よりもそのときの気持ちが大事ということで。
calendar
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
最新記事
monthly
リンク
ブログ内検索
いっちゃん宛メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

アクセスカウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。